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鳥  海  山

ち ょ う か い さ ん


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鳥海山と鳥之海(鳥海湖)
 (撮影 2001年8月15日)




日の出前、鳥海山と月

 だいぶ前から、山岳雑誌で見かけた秋田と山形の県境に位置する鳥海山の噴火によって誕生したカルデラ湖 「鳥海湖」(トリノウミ、チョウカイコ) のことが気にかかっていた。

 でも、自宅からはかなり遠いし、こう言っては地元の人には失礼だがチョッと辺鄙なところにあるので、 準備万端整えて、まとめて休暇を取って、ゆっくり見てこないともったいないな〜・・・などと思いつつ、ついつい縁遠くなっていた。

 今年の夏、なぜか急に何が何でも見たくなった。 そこで、事前準備もそこそこに夏季連続休暇を利用して出かけること に した。


  日本百名 山・鳥海山(2,236m)は、山麓の周囲約120kmに及ぶ東北第二の高山。別名、出羽富士として親しまれている。

 海岸から垂直にそびえるように一挙に立ち上がり、海岸線から直線距離にしてわずか16キロの地点に頂上がある。  1975年、153年ぶりに噴火した。このような独立した火山峰 は全国的にも例がなく、頂上までのわずかな間に海浜、平地、河川、高原、湖沼、湿原、山岳地 帯の変化に富んだ自然が圧縮されている。
 東北の山の中でも独特の植物分布を持ち、高山植 物も豊富、チョウカイアザミ、チョウカイフスマは、鳥海山にしか見られない高山植物らしい。

山形県戸沢村からの夕暮れの出羽富士と最上川


朝焼けの象潟、白神山地方面を望む

 インターネットで調べてみると、登山口はいくつかあるが、鉾立(ほこたて)という登山口から登るといいらしい。
 とはいえ、いつもの事だが事前準備もそこそこに出発してしまった。現地到着が真夜中だったので、真っ暗闇の中、どこが鉾立登山口なのか皆目見当がつかない。 

 年代物のテラノが息絶え絶えに急坂を登っていくと、登山客のものと思われる車が十数台停まって いる広場があった。

 ひどい睡魔が襲ってきたこともあり、ここが鉾立駐車場だろうと勝手に決め込んで、車中泊。



 翌朝、6時前に目が覚めた。私の日常生活では考えられないことだが、旅に出るといつも日の出とともに目がパッチリ開いてしまうのだ。また、起きて直ぐに行動できてしまうのもなんとも不思議なことだ
 しかし、昨夜停まっていた周りの車を覗くと、中はもぬけのカラ。 すでに皆、登山に出発してしまったらしい。 山男の朝は 早い。 

 私も急いで身支度を整え、登りはじめることにした。身支度と言っても本格的な登山などしたことがないので、Tシャツにチノパン、ウインドブレーカの軽装だ。靴だけは、十数年前につぶれた登山用具店で安く手に入れたなんだか良くはわからないが皮製のいい靴だ。
リュックサックなども持ち合わせがないので、カメラバッグをたすきがけに担いだ格好で、すこぶるバランスが悪い。


鳥海山左後方からの朝の陽の 光が
雄大な山容をゆっくりと赤く染め ていく


荒々しさの中にも緑が美しい奈曽谷と稲倉岳

 同じ職場に山登りを趣味としている同僚がいて、「山はその頂上を極める快感がたまらない」と言っている。その通りだと思う。私も何度か挑戦しその快感を味わったことがあった。眺めも最高だった。

 ところで私は、若い頃にスキーで両膝のじん帯を伸ばしたことがある。その時の後遺症なのか、長時間歩行が困難になっている。加えて、年とともに体重も増え続け、本格的な山登りは、体力的にも無理だし、時間的にもかったるいと考えている。
 そんな事情もあり、負け惜しみであることは明白だが、最近では「山は下からその荘厳な山容を仰ぎ見るのが最も美しいし、好きだ」などとのたまわり、四駆で行ける所まで行き、せいぜい1時間ぐらい歩いて眺めの良いところから写真をとるようになっていた。

 ところが、鳥海湖を見るためには、車を降りてから3時間ほど登らなくてはならない。行きはよいよい、帰りはこわいである。
 


 登り始めの頃はかなり肌寒く感じられたが、山の稜線から太陽が顔を出し、次第にその高さを上げてくるにしたがい、汗ばむようになってきた。 待てよ・・・。まわりの風景が事前に調べておいた情報とかなり違う。 どうやら昨夜泊まった駐車場は、鉾立より手前の大平登山口だったらしい。 まぁ、 どちらにしても七合目の御浜小屋で合流するので、ひたすら歩きつづけることにした。
  登山道はさすがに日本百名山に数えられる有名な山だけあってよく整備されている。ただ、山肌に石を敷き詰めた路面となっているので浮石などで足元が不安定となり、足首当たりに疲労がたまりそうだ。高度が増すにつれて太陽の照りつけも厳しく、体中から汗が吹き出してきた。異常にのどが渇き、持ってきた水をかなり飲んでしまった。 


逆光の登山道をひたすら登る 

 
  新山がやっと見えた

 何度となく道の傍らの岩に腰掛けて休憩をした。しかし、すでに森林限界を超えているため日陰になるような高木はない。暑い。朝から何も食べてないので腹が減った。バッグの中の食料を捜す。何もない・・・。仕方なく照りつける日差しの中でまた、水を飲む。残りが少なくなってきた。
 実は、朝方急いで出発しなくてはとあせって食料をバッグに入れ忘れてしまったのだ。水もカメラ機材が重いからと、350ccポリ容器入りの伊藤園のお茶しか持ってこなかった。 あたりまえの事だが、水は1リットルは必要だったし、食料も遭難を考えれば絶対忘れてはいけなかったのだ。やっぱりいつものように朝はボケていたのか。

 また、歩き出す。鳥海山の頂上が見えはじめた。
日頃の運動不足がたたってか、さすがに急な上りはつらい。
途中、若者や60歳以上と思われる団体さんに何度か追い抜かれた。 情けない・・・。



 やっとの思いで鳥海湖と雄大な鳥海山山頂を間近かに拝むことが出来た。今年の夏はかなり暑かったにもかかわらず、雪渓が残っている。
        
なんて素晴らしい光景だ・・・・・!!

 これまでの疲れがこの一瞬にすっ飛んだ。
 この眼前に広がる風景のなかに身を置き、しばしの時間、自然と一体となることこそが今回の旅の主たる目的であった。
 
 が・・・、ここまで来たのだから頂上、新山まで登りたいという誘惑に激しく襲われた。
 しかし、これからまだ数時間を要するので、体力と相談の上、あきらめて当初の予定通り下山することにした。


盛夏の鳥海山と鳥海湖




鳥海湖を手前に遠く月山(1,980m)、庄内平野、日本海を望む




鳥海山(新山2,236m、七高山2,230m)



7合目、御浜小屋より稲倉岳、象潟、金浦方面を見下ろす。 その先は、日本海  
 これからは下りだから楽勝だ、と思った。
だが、案の定ひざがワラってる。浮石で足首をくじかないようにと足元に気を遣いながら、ひたすら歩く・・・。歩く・・・。歩く・・・。《・・・。は休憩》

 疲労に加え、空腹と日差しの強さに頭がボぉーとしてきた。 突然、目の前が真っ白になり、気が遠くなったような気がした。辺りに人影も見えない。危ない! 

 山の天気は本当に気まぐれだ。朝方からずーといい天気だったのに急に日本海から山肌にそって白いガスが昇ってきて視界が全く利かなくなったようだ。
 いくら歩いても、ちっとも前に進んでいるとは思えない。同じ場所で足踏みしているだけのようだ。時間的感覚が失われていく。

いつまで歩きつづければ終わりが来るのだろうか・・・。  
 突然鳴った携帯電話の音で、朦朧とした世界から我に返った。 会社からだった。
 受話器の向こうで女性事務員が無機質な声で、顧客からのクレームについて淡々と話している。夏休みの東北の山中でこの風景を眺めながら仕事の電話をしている光景は、なんとも不可思議な時空間と言えるかもしれない。
 
 それにしても暑さは増す一方だ。のどはカラからなのにペットボトルのお茶は底をついている。車に戻って冷蔵庫の中にある凍らしたみかんの缶詰を口にしてこのからだのほてりが癒されていくことを想像しながら・・・・また、歩き出した。




鳥海山

 霊峰・鳥海山は、古来より信仰の山として崇められ、地元の人たちは「山そのものがご神体」と形容している。 秋田で生まれ育った人ならば、鳥海山は「懐かしさを感じる原風景」であり、「心のシンボル」でもある。

  山麓には、鳥海山の雪解け水が長い年月を経て地下を流れたどり着き、伏流水としてここで一気にあふれ出る。 膨大な伏流水は、山を中心に放射状に川をつくり、さまざまな恩恵をもたらしてきた。

 とどまる事を知らない自然のメカニズムの偉大さに敬服するとともに、人間などはこの地球ではほんの新参者に過ぎないことを痛感させられる。



象潟町 奈曽の白滝




象潟町 元滝





原始時代にタイムスリップしたような雰囲気 元滝



中島台のブナ林
あがりこ大王(奇形ブナでは日本一の幹の太さを誇る)
 ブナの大木は薪や炭としては利用しにくいので適度の大きさの枝が薪として伐られた。ブナの枝を途中で伐ると、切り口から新しい芽が出てくる。伐られた後はコブになり、 何度も新しい芽が出る都度伐られる。

 冬は積雪で樹の下部は埋まっているので、表に出ている部分が伐られる。何度も何度も繰り返されるとその部分は異常な形になってしまう。

 そんな異常なブナの樹のことを「アガリコ」と呼ぶ。

 アガリコの森と云えば何と云ってもここ鳥海山の中島台のブナ林だ。至る所アガリコの奇形樹だ。この森のブナ達は醜い姿をしているために森の奥に隠れるように生きてきた。人間達の仕業で醜い姿になったのだと恨んでいるように。


 獅子ヶ鼻湿原は、鳥海山の北側に位置し、酸性・低温(ph4.4-4.6・水温7-8度C)で、右の写真の出壺のような大量の湧水に涵養されて成立している。 この水環境は年間を通じてほぼ一定で、植生もこれまで人為の影響をほとんど受けることなく保たれてきたため、多様な水生・湿性植物群落が発達している。

 太古の昔から絶え間なく溢れ出る母なる泉は、長い時をかけてこの森の木々や湿原を豊かに育て上げて来たのだろう。 山の動物や鳥たちにとって命の泉でもあり、貴重ないこいの場となっている。

 水辺にひっそりと立つブナの姿になんとなく敬虔の念が生れる。樹齢は250年くらいか。 私自身も、悠久の時の流れに身をゆだね、ゆったりとした気分を満喫し、命の洗濯をさせてもらったようだ。


中島台獅子ヶ鼻湿原の出壷


逆光できらめく日本海に浮かぶ飛島

 飛島は酒田市の北西方向に39km、遊佐町吹浦から西に30kmの日本海上に位置する山形県唯一の有人島だ。
 氷河期の氷が溶けた海面の変化は、飛島の地形にも大きな影響を与えた。本島は50m以上、40m、20m、5mの段丘、海岸低地面、海蝕台からなり、ほぼ扁平な台地だ。周囲を優勢な暖流(対馬暖流)が流れているため、県最北に位置するにもかかわらず、年平均気温は12℃以上と最も高く、積雪も10cmに達することはまれである。 飛島では、今から7千年前の縄文時代の遺物が発見されている。
 平安時代の末期までは奥羽の豪族安部清原等の勢力下におかれ、その後由利、武藤、最上、酒井と移り、都島、渡島、別れ島、鶴路島、潮島、豊島、とど島と本島の名称も変わり、江戸時代初期に現在の飛島という名称になった。




最上川
 山形県の母なる川「最上川」は、源流から河口まで229kmの大河である。 置賜、村山、最上、庄内の県内全域を潤す日本三大急流の一つだ。
 また、山形県内だけを流れる特異な川でもあり、「母なる川」と呼ばれる由縁となっている。



最上川夕景
 『 最上川の上空にして残れるは
         いまだうつくしき虹の断片 』

 『 最上川 逆白波のたつまでに 
    ふぶくゆうべになりにけるかも 』(斉藤茂吉)

 『 五月雨を あつめて早し 最上川 』

 『 暑き日を 海にいたれり 最上川 』   (芭蕉)

 夕暮れ色に染まる最上川の川面に立ち、文学の
世界にどっぷりと浸る。




日本海と一緒に真っ赤な夕日に染まる恋人たち





そして、誰もいなくなった・・・   紅の断片と、いつもの孤独空間

                                                             



  

鳥海山春景色


 

菜の花畑と鳥海山



残雪の鳥海山



由利高原からの鳥海山



田植え前の水田に映る逆さ鳥海山

(酒田・鶴岡・村上)                                      (遊佐・酒田)

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