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朝焼けのマチャプチャリ、アンナプルナ(ポカラにて)



無事、帰京しました from 自宅 2002/10/14(月)
 
 八ヶ岳、富士見高原の朝は、さわやかでのんびりとしている。朝8時半ごろ目がさめた。横になったまま、ログハウスのガラス窓から最初に目に入ってきたのは、唐松や白樺の木々のゆらぎと、林に差し込むきらめく陽の光だった。風が見える。小鳥のさえずりが、夢心地の脳裏に「朝ですよ」と語りかけている。

 昨晩は、ログハウスのオーナーである東京の友人と新種のワイン(ちょっと酸っぱかった)を飲みながら語り合い、1時半ごろ就寝した。薪ストーブのぬくもりを感じながら横になるとまもなく深い眠りについたようだ。


 階下で友人がたてているコーヒーの香りに連なって湯気がたちのぼってくる。連日の早起きによる寝不足や山歩きの疲れからか、目覚めたときのなんとなく気だるい感覚が、なぜかとても心地よい。

 デジカメ片手に朝の散歩に出かけた。友人が、「枯れ川の近くにトリカブトの花が咲いていたよ」と言うので、ゆるやかにのぼる山道を歩き始めた。秋色の落ち葉が降り積もった足元は、歩を進めるごとにやわらかで気持ちよい。白樺林の柔らかな木漏れ日の隙間をくぐりぬける。遠くに鹿の鳴き声が聴こえる。近くに小鳥のさえずりが聴こえる。時折、木々のざわめきがそれらを包み込むようにかき消す。そして、しばしの静寂がつづく。時間が止まったように・・・・・。

 トリカブトの花は、林道から右に10メートルほど入ったあたりに、ひっそりと紫色の可憐(ちょっと不思議)な花を咲かせていた。これが殺人事件に使われた猛毒のある植物とは思えない。

 ログハウスに帰るのに、同じ山道を戻るのも芸がないと思い、方向を定め道なき山を歩き始めた。たいした距離を来たわけでもないので、そのうちログハウスが見えてくるだろうとたかをくくっていた。しかし、相当な時間歩いたにもかかわらずログハウスは見えてこない。森の中は、木々や岩があり、まっすぐには進めない。どこを見ても同じように見える。そのうちまったく方向感覚を失った。山で遭難して、行方不明になるというのはこういうことなんだろうなと思った。あせった。ともかく斜面を下ってもとの道へ戻らなくては・・・。広い森の中の2メートル足らずの道を捜すには一苦労したが、ようやくもとの山道に戻ることができ、ほっと胸をなでおろした。

 昼まえには、なたとのこぎりを持って林道脇の木や枝を払いに行った。次回くるときに深いわだちを避けて通る際、車体をキズから守るためである。ログハウスへの急坂を登れなかったときのために、手前の駐車スペースの整備もした。
 軽作業により汗をかいた身体を吹き抜けるオゾンいっぱいの高原のそよ風が、都会生活に慣れきった私には爽やかすぎてこの上ない贅沢に思えた。


 夕刻、ログハウスのオーナーより一足先に帰京の途に着く。中央高速道上り線は、やはり大渋滞していた。いつもならかなりイラつくところだが、きょうはその渋滞も充実したこの4日間のことを想うと、おおらかに受け入れることができるほど、心はおだやかだった。


なんてラッキーなんだ !!  from 八ヶ岳 2002/10/13(日)
 
 本当に今回の旅は、天候に恵まれている。今朝もお約束通り4時半起床。身支度を整え、真っ暗の中ヘッドランプの明かりをたよりにボッチ山頂上に向かう。といってもゆるやかな坂を数百メートル登るだけだ。

 頂上に到着すると、すでに10数人のカメラマンが横並びにカメラを構えていた。その一角にお邪魔して三脚を立てカメラをセットした。みんな立派な機材で小生のはというとチョと恥ずかしい限りだ。

 眼下に諏訪湖と町の灯りがチラチラ見える。その上空の雲海に浮かび上がったのは、八ヶ岳連峰、富士山、南アルプスの峰峯だ。右に目を移すと木曾駒ケ岳を頂点とする中央アルプス。さらに右には、遠く御嶽、昨日行ってきた乗鞍岳、そして、穂高連峰、槍ヶ岳から始まる北アルプスが並び日本の名だたる山のほとんどが一望できる。本当に素晴らしい。連日、感動の嵐だ。なんてラッキーなんだ

 11時過ぎに山を降りて、蓼科の長門牧場に向かった。牧草地でボケーッと数時間寝転んで過ごした。300円のソフトクリームはとてもうまかった。

 その後、小日向木場展望台で御嶽山の右裾野に沈む夕日を見た。麦草峠を越え、八ヶ岳をグルッと一周するコースで富士見高原に向かった。そこには、30年来の東京の友人がひとりで休日を利用して建てているログハウスがあるのだが、その場所に行くには荒れた林道を通らなくてはならない。これまでは、テラノだったので気にもしなかった。今回はステップワゴンで行けるかどうかを試そうと思った。もし無理なら枝払いと道路工事をする覚悟であった。

 到着したのは夜の7時半過ぎ。真っ暗闇の中、スピードを抑えて慎重に林道に進入した。途中枝払いはしたものの、数回腹をこすった程度で難なくクリアーできた。

 さて、この原稿をサーバーに転送しようとしたが、さすが山の中。携帯のアンテナが1本立つか立たないかの状態なので、今日の更新は無理そうだ。明日もここで道路整備をしようと思っているので、更新は東京に戻ってからになりそうだ。


夢のようだ・・・from ボッチ高原 2002/10/12(土)
 
 昨晩、2つ用意した目覚し時計の針を4時半にセットして10時ごろ就寝した。しかし、天体観測をしている人たちだろうか、外から聞こえてくる話し声や笑い声が気になって眠れない。明朝寝坊したらご来光と雲海が見られない。12時近くになったので「静かにしてください」と怒鳴ってやろうと思った。が、ちょっと大人気ないのでやめた。

 うとうとしているうちに4時半になってしまった。目覚まし時計のなる前にベルを止めて撮影の準備と防寒の身支度をした。標高2,640メートルの乗鞍岳頂上下だから相当冷え込んでいるだろうと思ったが、気温は摂氏−1度でそれほどでもない。真っ暗のうちから、カメラをセットした。5時過ぎになると東の方向にうっすらと赤みを帯びたラインがのびた。次第に山々が影絵のように雲海の上に浮き上がってきた。なんて素晴らしいんだ。これまで、何度もご来光や雲海を見てきたが、今回が一番の感動ものだ。蓼科、八ヶ岳、甲斐駒ケ岳、北岳を頂点とした南アルプス。6時前ごろだったか、夏沢峠のあたりからのご来光だ。あ〜、幸せだな〜・・・・・。前回来たときは何も見えなかったから涙チョチョ切れるほどうれしい。

 でも、その後とんでもない不幸せに2つ見舞われた。一つ目は、デジカメのニッケル水素電池が寒さのためかすぐに電池切れになってしまうのだ。4セット用意していたので事なきを得たが相当あせった。
 2つ目は、8時ごろ撮影と朝食を終えて、三本滝や乗鞍高原の紅葉を撮りに山を降りようとしたが、エコーラインの道路は上りも下りもまったく動いていない。バイクでさえ、前に進めないほどの渋滞になっていた。いくら今月いっぱいでマイカー乗り入れ禁止になるとはいえ、あまりにもひどすぎる。驚くべきは、駐車場の通路までびっちり車の列ができていて、1メートルすら前進できない。ようやく解消したのは10時過ぎだった。

 今晩は、塩尻市の高ボッチ高原(1,670m)からの投稿だ。きのうの寝不足がたたったのか頭が痛い。夕食は移動途中に回転寿司があったのでそこで済まし、セブンイレブンで缶チュウハイを3本ほど仕入れた。

 松本市の夜景を見ながら、缶チュウハイ片手に執筆中だ。明日も早いのでこれくらいにして寝ることにしよう。


標高 2,640mから・・from 乗鞍岳 2002/10/11(金)
 
 めでたくもアンテナが3本立っている。満天の星空があまりにもきれいだから、乗鞍岳から現地レポートすることにした。

 ここは、標高2,640メートル、乗鞍岳頂上に向かう途中の駐車場。大雪渓の下あたりだ。時刻は午後7時過ぎ。日が沈み後を追うように三日月が剣が峰の後ろに隠れていった。やがて、開けた夜空に満天の星が敷き詰められた。宝石箱をひっくり返したようにキラキラして美しい。素晴らしい。

 早々にカレーライスの夕食を済ませ、いつものようにウヰスキーの水割りを飲る。しかし、あまりにも寒い。温度計の針はなんと2℃を指していた。足の指がつってしまった。たまらず、車内でサンルーフから眺めることにした。いま、テレビでK1を見ながらこのつれづれを書いている。軟弱だな〜。

 ところで、昨日は心配していた通り、帰宅して夕食を済ませた後、旅の支度をして夜のうちに出ようと思っていたのだが途中でごろ寝してしまった。気がついたら朝になっていた。というわけで、実は今日の昼すぎの出発となってしまった。午後5時までに乗鞍高原のゲートを通ってしまわないと山に登れないであせった。乗鞍高原の紅葉は美しかったのだが、ゆっくり見ている暇はなかった。明日にでものんびり見ることにしよう。

 明日の朝、眼下に雲海が広がっていることを夢見て、今日は早く寝ることにしよう。



仕事が終わらない・ from 会社 2002/10/10(木)
 
 今日の夜、乗鞍に向けて出発予定で仕事を精力的にこなしてきたのだが、終わらない。もう10時だと言うのに、まだ会社で残業だ。旅の準備は何もしてない。明日の天気がこの連休で一番良いとの天気予報だったので、ぜひ、今日の夜に出発して現地で朝を迎えたい。

 しかし、このままだと、仕事が終わって帰宅したらバタンキューで寝てしまいそうだ。こうして『つれづれ』を書いている時間があったら早く仕事をかたずけて、帰ればいいのにね。 

 次の記事は、現地レポートになるかな。携帯のアンテナが3本立っていたら、書き込むことにしよう。


10月か・・・・・ 2002/10/06(日)
 
 もう10月だと言うのに、夏バテがまだ続いているようにだるい。左肩の痛みがいつまでもとれない。なんかやる気が出ない。のどの痛みも増したし、痰もでる。しわがれ声になってきたような気もする。やっぱり、ガンかもしれない。でも、タバコがやめられない。

 8月初旬の八幡平以降、山に行ってない。9月に乗鞍に行く予定だったが、天気が今ひとつだったので雲海が見られないと思い中止した。一ヶ月に一度は大自然の山懐に身を置かないと調子が出ない。前述の体の不調もそのせいかもしれない。
 
 乗鞍にマイカーで乗り入れできるのは10月いっぱいということもあるし今度の連休には天気が悪くても出かけることにしよう。来春からは上高地と同様に環境保全のため、マイカー乗り入れ規制となるらしい。これがマイカーで行ける最後だ。連休であることも相俟って、かなりの渋滞も予想されるが・・・・。

 この2,3日夏に戻ったように暑い日が続いている。でも、3000メートル近い山道を登るので、もしかしたら道路の凍結や積雪の心配もある。ということで、先日工賃込み、2万2050円で買い求めた中古スタッドレスタイヤの交換作業をした。

 ジャッキアップには、テラノ時代に活躍したエアージャッキを使ってみた。車の排気ガスでバルーンを膨らませ車体を持ち挙げるという優れものだ。林道で脱輪したり雪道でスタックした時には本当にお世話になったものだ。しかし、10数年前に買ったもののせいか2本目のジャッキアップのときに劣化のため張り合わせ部分がはがれパンクした。優れものも歳をとると、情けないものだ。ただの燃えないごみになってしまった。とりあえず、オイル式に換えて作業終了。週末までタイヤの調子を診よう。

 あとは週末の天気がよくなることを願うのみだ。 


久々のつれづれ 2002/05/08(水)
 
 お〜〜っと、なんと2ヶ月もズル休みをしてしまった。その間、「病気で入院しているの」「死んじゃったんじゃないの」など様々なご心配やご連絡をしていただいたりして、申し訳なくなんとも痛く恐縮している次第だ。

 小生いたって元気この上なく、ステップワゴンも予定通り3月23日の納車となった。永年行動をともにしてきたブルー・テラノでカーディーラーに赴き、後ろ髪をひかれる思いを振り切ってステップワゴンに乗り換えた。運転したファーストインプレッションに何らテラノとの違和感はなかった。それどころか、ディーゼル車からの乗換えなので、ガソリン車のエンジン音はさすがに静粛で、振動も僅少だ。味も素っ気もなく、テラノのような愛着はとても感じられないが、音楽鑑賞には頗る快適そうだ。

 早速近所のセルフスタンドでガソリンを満タンにした。その脚ですぐ、予約していたオーディオヘッドユニット交換のためオートバックスへ向かった。ステップは安車なのでいろいろ必要と思われるアクセサリー類も山ほど買い求めた。テラノから移植するものも含めると取りつけには相当な時間と労力が掛かりそうだ。そんなことから、車中心の生活となり、少しホームページ作りに飽きてきたことも相俟って更新をサボっていたという訳だ。

 この5月のゴールデンウィークに、まだ通行止めの白神山地の林道をファミリーカーのステップワゴンで走ってきたので近日中にその模様をハタベア写真帖で報告したいと思う。慎重に走ったつもりだが、やっぱり2〜3回腹を路面の石にヒットしたし、車体も泥まみれになった。ム〜っ、まだ新車なのにー・・・。


納車日は23日の大安に決定 2002/03/03(日)
 
 なんと、クリオ店でステップWGNの購入をすることになった。

 昼過ぎ、パソコン屋でも覗いてからデーラーに出かけようかと思い、車に乗り込もうとしたとき、宅配便が届いた。金曜日の夜中に購入決定メールを送信したインターネットデーラーのクイックからだ。封を切ると、印鑑を押せばいいだけの契約書と、必要書類一式の案内、今後のスケジュール、返信用封筒などが入っていた。土日が入るので月曜に郵便でくるのかと思っていたが、すばやい動きだ。そういえば、見積もりの変更や質問メールもすぐに返って来ていた。さすが、クイックだ。すべてにおいてレスポンスがいい。顧客の心をつかみ成約に傾かせる営業手法には、見習うべきところが多い。

 クリオ店には、いま届いたばかりのクイックの契約書類が入った封筒を携えて、午後2時過ぎに到着した。2回目の訪問だが、今回もかわいい受付のおネイチャンが駐車場まで出てきて迎えてくれた。感じがいい。早速、S氏と商談に入った。ちょっと話を聞いて、クイックの購入価格と大きな開きが残るのなら、すぐに帰って来るつもりでいた。商談の途中、ネット通販(クイック)の見積もりを見せて欲しいと言い出した。最初からそのつもりでテーブルの上に置いておいたクイックの契約書の内容を見たS氏は、さすがにネット通販の車両本体価格の値引率の大きさに驚きの色を隠せなかった。
 今日中にいい条件を出してくれないと、クイックに契約書類を送っちゃうよ、と言うと、「車両本体価格の値引きではとても勝負できませんが、下取り価格で調整して、何とか最終お支払額を同じぐらいに持っていけるよう努力します」との返事をした後、「ちょっと所長に相談してきます」と席を立った。 

 戻ってきたS氏は、すかさずコンピュータに向かい端末のキーをたたいた。最終支払額が打ち出された。お〜っとっ、クイックのそれより安いではないか。前回クリオ店が出したテラノの下取り査定額が異常に低かったが、そこを大幅に引き上げてあった。なぜ、ネット通販の見積もりより安いかというと、実はクイックが出したテラノの下取り査定額もかなり低かったからだ。
 S氏の営業努力に敬意を表して、それ以上のサービスを要求するどころか、逆にクイックの支払額以上にさらにオプションを追加して、契約をすることにした。

 納車日は、3月23日の午前中にお願いした。初乗りは、その日の午後、家族揃ってのお彼岸のお墓参りになりそうだ。


留守電にS氏から伝言 2002/03/02(土)
 
 今日は土曜日で会社は休みなのだが、午後から仕事に出かけた。午前中は家でゆっくりしていたので携帯に留守電が入っている事に気づかなかった。昨日いい情報があったら連絡をくれることになっていたクリオ店の営業マンS氏からだった。そういえば今日の朝刊にクリオ店のチラシが入っていて、決算大商談会と大きな字が目立っていた。

 数時間後にまた、「満足いただける条件をご提示できそうなので、ご来店いただけないでしょうか」との彼からの電話があった。今日は、夜まで仕事が入っているので、明日の午後なら行けることと、ネット通販で契約寸前まで話が進んでいる旨を伝えて電話を切った。

 できれば近所のデーラーで、ネット通販並みの条件で購入できるのが、一番いいに決まっている。でも、そんなことありえないかと思いながらも、S氏の言葉を信じて明日クリオ店に出向くことにした。どちらで購入するにしても、明日の交渉が勝負だと思った。


購入決定メール 2002/03/01(金)
 
 夜の9時過ぎまで待っていたが、「クリオ店」の営業マンS氏からの電話は、こなかった。一方、ネット通販「クイック」のO氏とは4回ほどの見積もりメールのやり取りも終了し、最終段階を迎えていた。現時点で申し込んでもネット通販だと3月登録が間に合わない可能性も有るそうなので、とりあえず「クイック」に購入決定メールを送信し、契約書類の送付を依頼した。テラノの下取り予想価格も併せて依頼した。


テラノは時速20キロ 2002/02/28(木)
 
 きょうの読売朝刊一面に興味深い記事を見た。

 「ジェラシック・パーク」などの恐竜映画の定番となっていたティラノサウルスは、これまで肉食恐竜の中でも進化したグループに含まれ、40〜70キロで疾走したとする説が有力だった。
 ところが、28日付の英科学誌「ネイチャー」に掲載される米カリフォルニア大学バークレー校などの研究チームによると、ティラノサウルスの両足が6トンという巨体を支えながら、どのくらい動かせるかをコンピュータで分析した結果、ティラノサウルスは、巨体を二本の足で支えるのが精一杯で疾走はできず、時速20キロ程度で歩いていたという。

 私の愛車、日産テラノ命名の由来は、恐竜映画で縦横無尽に駆け回る最強の肉食恐竜ティラノサウルスらしい。
このホームページは、奇しくも時速20キロのテラノの旅から始まった。それがどうしたと言われればそれまでだが、なんか面白い記事だなと思ったので、書き込んでみた。


ネットはどうだ? 2002/02/27(水)
 
 現在、ネット通販は大はやりだが、それは気軽に小遣い程度で買える商品が主流であり、なかなか高額商品までは…というのが、ある種の「常識」だった。国内には、オートバイテル・ジャパンやカーポイントなど、より多くのメーカーの車を掲載した販売仲介サイトは既に存在する。しかし、車の見積りから下取り査定、ローンの手続き、納車まで、一貫してインターネットを通じて行ってしまうという「インターネット・カーディーラー」がある。 しかも値引き交渉は一切なし。 それでもメーカー系列のディーラーよりも安い値段を最初から提示するというものだ。

 既存のディーラーから車を買う場合には、営業担当者のスキルによって、たとえ同じディーラーであっても、受けられるサービスにバラツキがある。 つまり、交渉の仕方や購入時期等の条件によって同じ車種でも、価格差が生まれることになる。交渉は嫌いなほうではないが、駆け引きが面倒くさい。ネット通販は、そのほとんどがメールでのやり取りで契約までいたる。営業マンと顔をあわせることがないので煩わしさはないものの、かなりの不安感が生じる。とりあえず、インターネットで探してみた。

 2社が候補に上った。ホンダ四輪とクイックだ。双方に見積もりを取ってみた。どちらも、かなり安い。
ホンダ四輪は店舗を見たことがある。クイックに関しての情報はほとんどないが、こちらのほうが安そうだ。とりあえず、クイックとメールで交渉に入ることにした。

 先週訪れたクリオ店の営業マンから、決算月の営業方針が3月1日に出されるというので、いい情報があったら携帯に電話をもらうことになっている。クイックの見積もりと見合いの上、どちらで購入するか決定したいと思っている。


ディーラーの営業マン 2002/02/26(火)
 
 夕方から労働組合の春闘職場オルグがある。その前に、先週の土曜日に肩透かしを食ったホンダベルノ店に行ってみた。

 さすが平日とあって客は一人もいない。営業マンに話を聞いた。前回訪れたクリオ店の営業マンとは違い商品知識は豊富で詳しい。ところが、車を買ってもらいたいという意識が全く感じられない。ディーラーの裏事情など話は大変面白かったのだが、いざ見積もりと値引きの話しになるとクリオ店よりかなり厳しい。裏事情の暴露話もどきは値引きを渋るための前振りだったのだろうか。

 きっとここで買うことにはならないだろう。同じ営業マンとしてこれじゃアカンなと思った。しかし、ここで得た情報は内容が濃く、クリオ店での交渉にかなり使えそうだ。


中年スキーツアー 2002/02/25(月)
 
 女房殿の友達夫婦とのんびりスキーに行ってきた。スキー場に向かう高速道路では大変な思いをした。テラノ君が故障する前はディーゼルエンジンの回転数が100キロで走ると2200回転ぐらいだったのだが、トランスミッションの調子が悪く3500回転まで上がってしまう。うるさくてたまらない。テラノ君の断末魔の叫びを聞くようだった。友人の車にもゆっくり走ってもらった。それでも24日の朝9時ごろ東京を出発し、ゆっくりと走ったにもかかわらず軽井沢プリンススキー場には2時間足らずで到着した。
 
 スキー場は日曜の午後ということもあり、かなりすいていた。緩斜面が多く中年スキーヤーにはかなり優しいゲレンデだ。みんなバリバリすべることもなく休憩を入れながらゆったりとした時が流れた。私は前回上越国際で転倒したときの腰痛がぶり返し、さらに休憩を入れながらのすべりとなったが、前回でスキー用筋肉がよみがえっていたので、筋肉疲労はほとんどなかった。

 感動したのは、その晩の宿泊場所となった友人が所属する某最大手広告代理店の軽井沢寮だ。高級別荘地の中に広大な敷地を有し、ゆったりとしたダイニングとサロン、高級料亭級の料理等など、すべてが素晴らしかった。うちの会社の寮とは月とすっぽんの差がある。

 今日はゆっくりと朝食を採った後、スキー場に出かけた。友人の旦那が、ショートスキーをレンタルした。身長190センチ以上ある大男が1メートル足らずのショートスキーを履いた姿はちょっと異様だった。初めてのチャレンジだったそうだが、簡単に操っていた。感想を聞くと結構楽しいらしい。帰ったら、私もすぐに買い求めて、次回にチャレンジしてみたいと思った。

 明日は現実の世界に引き戻される。今日休んだ分の仕事がたまっていることが頭の片隅をよぎり、早めに引き上げることにした。久々にのんびりとしたスキー旅行だった。
 「このくらいのペースなら歳を重ねていっても続けられそうだね。また来年もよろしく・・・」と挨拶をして友達夫婦と別れ、帰京の途についた。


いよいよ始まる・・・ 2002/02/23(土)
 
 テラノの具合が悪いことは、前にも書いたことがあると思う。先日、日産のディーラーに診てもらった。車に詳しい友人がその症状から予測してくれたのと全く同じ診断結果だった。トランスミッションの交換である。リビルト品を使っても30万近く掛かるそうだ。ディーゼル車規制も気に掛かり、いまさら30万円の修理をしてこの先いつまで乗れるのかとの思いから、長年頑張ってくれたテラノ君と別れるのはひどく寂しいが、この辺でそろそろ休ませてあげる事にした。
 
 次期購入予定車の条件は、ガソリン車で低燃費、安価で広大な車室、多少の悪路も制覇し時速20キロの旅が続けられる-である。この条件にあう車はかなり限られた。三菱、日産、トヨタ車も検討したが、かねてから気になっていた昨年4月にモデルチェンジしたホンダのステップワゴンが最有力候補になった。その理由は、なんと言っても広大な室内とシートアレンジの多様さだ。気に入らないところも沢山ある。たとえば、左側だけの片側スライドドア(自宅の駐車場では、左側が壁だし、仕事に使うにも運転席側の後部ドアがないのは不便)、後部座席の窓ガラスが下に降りない(閉塞感がある)、四駆がデュアルポンプ式(大して役に立たない)、最低地上高が16センチ(腹をすぐ擦りそう)、馬力はまぁまぁだがトルクが細い(2000ccだからしょうがないか)、等など。
                                                             
 早速今日、各ディーラー回りをすることにした。ホンダのデーラーに出向くのは初めてだ。ステップワゴンはホンダのプリモ、ベルノ、クリオとすべての販売店で扱っている。そして、そのすべてが自宅の近くにある。まず、ベルノ店に行った。今朝の朝刊にチラシが入っていたこともあり店内はかなり客が多い。私が店内に入っていっても営業マンは誰も寄ってこない。仕方なく車を見て次のクリオ店に向かった。クリオ店では駐車場に車を停めた途端、かわいい女性が迎えに出てきて店内に招き入れてくれた。

 一通り車を見終わった頃、若い営業マンが車の説明をしてくれた。しかし、あまりにも勉強不足。説明に間違いがあるし、こちらからの質問にも正確に答えられない。私は、事前にかなりの情報を仕入れてあったので、売る側の知識不足には面食らった。しかし、一所懸命やっていることが感じられたので黙って聞いていた。

 その後、オプションなどの希望を告げて見積もりをしてもらった。初めての来店だったこともあるが、3月の決算月を控えているにもかかわらず、かなり渋い値引き額だ。何よりも寂しかったのは、テラノの下取り額だ。
 3月1日に決算月の販売方針が発表されるらしいので、いい情報があったら、電話をもらうことを約束して店を出た。

 明日は、軽井沢プリンスにスキー旅行の予定。あと何回テラノで旅ができるかな・・・。


ちょっと気になる話 2002/02/22(金)

 ●日本国債の格付けがチリや南アフリカと同レベルになる?

 2月14日、米国の格付会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスが日本の長期国債の格付けを引き下げの方向で見直すと発表した。ムーディーズは、昨年12月に日本の長期国債の格付けを「Aa2」から「Aa3」に格下げしたばかりだ。

 現在の格付けはイタリアと同じく、最高位(Aaa)から3番目のランクだが、今後、もし1ランク下がるとバハマやチリと同レベルに、2ランク下がるとイスラエルや南アフリカと同レベルになる。
先進7カ国(G7)の中では最低の格付けとなり、日本の威信低下を避けることはできないだろう。

 ムーディーズは、昨年の格下げ時に「景気が一段と悪化したり構造改革がさらに遅れた場合、もう一段階の格下げになる可能性がある」と警告していた。新年を迎えても景気回復の予兆を示すものがなく、政権内で混乱があるなど構造改革の道のりがはっきりしない現状に、しびれを切らしたのかもしれない。

 ●国債格下げの影響はこんなに大きい

 「国債の格下げなど数字上の問題だ」と、軽く見る向きもあるかもしれない。確かに国債の格付け基準にはあいまいな点もあり、直ちに国の実力を表すものではないが、決して軽視すべきものでもない。もし、国債格下げの報道を受けて国内外の投資家が国債を投げ売りした場合、日本経済に次のような影響が出る可能性があるからだ。

◎国債が大量に売られることにより円の信用が失墜し、円が暴落する→円安になる→輸入物価が跳ね上がる→インフレになる
◎日本では10年物の国債が長期金利の代表的な指標となっているため、国債の格下げは長期金利の上昇を引き起こす→国の金利返済額が上昇して国庫が苦しくなる、株安になる、住宅ローンの金利負担が重くなり消費が減少する、などの影響が出る。
◎銀行は大量の国債を保有しているため、国債が暴落すれば銀行の資本が大きく失われる→金融危機が再燃する恐れがある
◎海外の機関投資家が日本への投資を敬遠するようになる

 ●政府は一刻も早く有効なデフレ対策を打ち出すべき

 もしも日本国債が南アフリカと同レベルの格付けになったとした場合でも、実際にこのシナリオ通りになると決まったわけではない。国債の格付けには「自国通貨建て」と「外貨建て」の2種類があり、ここでいっているのは「自国通貨建て」のことである。海外投資家にとって問題となる「外貨建て」の格付けは、2月1日時点で「Aa1」とそれほど悪くはない。

 また、市中に出回っている国債の95%は国内勢が買っているという特殊要因もあり、格付けが落ちたからといって直ちに海外から売りたたかれて、日本経済が混乱するという事態にはなり得ないだろう。だが、じわじわと金利上昇や円安が進み、日本経済にボディブローのように効く可能性は高い。政府は現在、デフレ対策のための本格議論に入っているが、一刻も早く有効な対策を立て世界に示すことが求められる。

 ●最後に、
 わたしたちの市民生活のレベルでいうと、ペイオフ解禁を間近に控えているからといって、「安全・確実な国債」に資産の大部分を移すというような行動は、差し控えたほうが賢明だろう。
                                                             【FPS-NET NEWS より】

タバコの吸い方 2002/02/17(日)

 本人は気づいていないかもしれないが、たばこの吸い方には人それぞれクセがあって見ていると結構楽しい。その吸い方のクセを形容した面白い名称がある。ちょっと文献が古いので現代的ではないかもしれないが、笑ってしまう。

 まず、【金魚】というのがある。これは、煙を口一杯に吸い込んでパクパク、パクパク吐いているやつ。吸い始めの人に多い。
 お次は【火の接吻】だ。最近はフィルター付がほとんどだが、両切りタバコを、口元まで目一杯吸うやつ。こういう吸い方が一番肺がんや喉頭がんになりやすい。

 一本吸い終わったかと思うと、また次のタバコに火をつけ、それが終わったかと思うとまた次のタバコに手が伸びる。飲んでる席では、前のタバコの火がまだついているのに、次のタバコに火をつける。連続的に次から次へと吸うのは【狸タバコ】。穴にもぐった狸をいぶりだすために煙をどんどん送るから、この名前があるらしい。横文字ではチェーンスモーカー、まさに私のことだ。

 タバコを吸い、まず口から白い煙を吐き、まもなく鼻から紫の煙を吐く。一番オーソドックスな吸い方だが、これは【アジサイ】と呼ぶ。白と紫がほどよく混じりあっているかららしい。なかなか粋な呼び方だ。

 煙を吸ったきり、白い煙も紫の煙も吐かずにそのまま飲み込んでしまう人もいる。これは名づけて【仙人タバコ】 仙人は霞を食っているからだろう。オレはふかしているのではないぞといわんばかりにかっこつけている人に多いが、これも身体にいい吸い方ではない。とは言うもののタバコを吸う事自体が身体にいいわけないから、どうでもいいか。

 最後に、吸い口をベトベト濡らして吸うのは【三原山】 煙ばかりか椿(唾液)も出る、という洒落らしい。噴火前の話で、現在避難されている島民の方には不謹慎な洒落になってしまったが・・・。

 それにしても愛煙家は最近、肩身の狭いおもいをしている。国内線の飛行機はすべて禁煙席だし、新幹線もほんの一部の車両のみ、駅ではホームの端っこの指定された場所でひっそりと吸っている。社内でも、「自席での喫煙は禁止」のお達しが回ってきた。自宅でも子供に嫌がられる。

 あ〜、ガンも心配だしタバコなんかもうやめたい。と言ってもやめられない自分が情けない。どうしたら禁煙できるのかな〜と考えながら、またタバコに火をつけた。


SKI  スキー 好き〜 2002/02/03(日)

 私がスキーの板をはじめて履いたのは、22歳の冬だった。一般的には大分遅いスキーデビューだと思う。初めて連れて行かれたのは、蔵王の頂上だった。ゴンドラを降りるとみんなは、私のことなどおかまいなしにどんどん滑って降りていってしまった。私はというと、とんでもないことになっていた。スキーの先が下を向いたとたんに転倒、立ち上がればまた転倒。
 当時の私はスキーに関しての知識など全くなく、もちろん経験もなければ用品もすべて兄から借りてきたものでビンディングのセットの仕方すら良くわかっていない状態だった。靴は少し小さめであちこち当たって痛いし板の長さは2メートル近くあった。こんな遠くまで来て、寒いし、おまけに不自由な長い板つけて転んでばかりの惨めな思いを、何故高い金を出してしなければいけないんだと思った。

 昔のざんげ坂はとても狭くて、人がいっぱい途中でたまっていた。こんな状態でスキーを履いたまま降りるのは危険だと思ったので、スキー板をかついで歩いて降りてきた。坂の下には大笑いしている仲間達が待っていた。8ミリフィルムも撮っていたようだ。なんという屈辱。
 そのあと、緩斜面で先輩にプルークボーゲンを教えてもらっていた。そして前述の屈辱的状況にさらに追い討ちをかけたのが、小学5年生になるその先輩の娘さんの一言だった。「私は今日まだ2回しか転んでないよ。おじさん大変だね」と。運動神経は結構いいほうでスポーツには多少自信があると自負していた私のプライドは、その一瞬にずたずたに切り裂かれてしまった。

 負けず嫌いの私はその後懸命に努力を重ね、数年後には人並みに滑れるようになった。銀世界の中を快適にクルージングするスキーの醍醐味がようやくわかってきた。あの時の先輩の娘さんの何気ない一言がなかったら、きっとスキーは嫌いになっていてこの楽しみは味わえなかったと思う。その娘さんはいま、どうしているだろうか。そんなことはもちろん忘れてしまっているだろうが、機会があれば、また一緒に滑ってみたい。

 ところで、昨日会社の若い人たちに誘われて上越国際スキー場に行って来た。昨年あたりから老化現象の進行が激しくなったと感じていたが、案の定何本か滑っただけで結構筋肉疲労がたまってきた。若い人たちに迷惑をかけてはいけないので、早々と一人行動をとる事にした。分れた後は即スキーロッジに直行、まずビールでのどを潤した。その後は眺めのいいコースの途中で、疲れたら日向ぼっこをしたり、雪山の写真を撮ったりとのんびり過ごした。どうやら一日券は無駄になりそうだ。それでも大別当のチャンピョンコースを4本ほど滑った。ギャップはたいしたことはないのだが、スノーボーダーが多く、異常な削れ方をしていてとてもすべりにくい。目の前で突然転倒したボーダーを避けようとして、私も大転倒をして腰を強打した。それでも、スキーは楽しい。

 帰りに、旨い「へぎ蕎麦」を食わせる店があるというので十日町まで足を延ばした。十日町の「へぎそば」といえば小嶋屋が有名だ。今回チャレンジしたのは土市(どいち)にある「由屋(よしや)」だ。国道117号線沿いにあったのだが、なかなか場所がわからず辿り着くまで大分苦労した。
 
 ちなみに、へぎそばの「へぎ」とは、「剥ぐ=はぐ、へぐ」の訛りで、木を剥いだ板を幅30センチ長さ50センチ程の折敷にしたもので、ざるやせいろと同様の器のことだ。そばを一口程度に丸めたものをへぎに30個程もりつけ、3〜4人でそれを囲んでたべる。大勢で同じへぎからそばをたべるので、心もかよいあうというものだ。そばの特徴は、つなぎに小麦粉ではなく「ふ海苔」を使っており、しなやかで、腰が強く、切れ味のよい、普通のそばにはない独自の風味がある。

 それほど腹がすいていたわけでもないが、一気にたいらげ、おかわりまでした。「へぎ蕎麦」と野沢菜の漬物の旨さは、心地よく疲れた身体を癒すがごとく格別だった。気がつくと座敷の窓から見えていた広大な雪景色は急速に真っ黒くろすけに占拠されていった。
 
 今回はスキー場でみんなと行動をともにすることが出来なかったが、次回もこれに懲りずにまた誘ってくれたら嬉しいなと思う。 
   

二日酔い 2002/01/27(日)

 今日は一年ぶりの二日酔いだ。かなり最悪の状態にある。近頃は、仕事がらほとんど車で動いているため帰りに一杯やることも少なくなってきた。たまに飲んでも翌日の仕事や二日酔いの気持ち悪さが頭をよぎり、ほどほどにして帰宅することがほとんどだ。昨晩は、そんなことは全く気にせずに思いっきり飲んだ。profileのページにあるハタベア氏の嗜好品:お酒の項のとおり、一年に一晩だけ大酒飲みになる日だった。例年だと年末に忘年会を兼ねての飲み会なのだが、昨年の暮れは何かとメンバーも多忙を極めていたので新年会となった。

 この例会は、もうかれこれ十数年続いている。久々に会う者もあれば昨日も会った奴もいる。女性軍をみれば、虹の母や3時のあなたもいる。まぁ、よくもみんな都合をつけて集まってくれたもんだと感心するとともに嬉しい気分一杯でつい飲みすぎてしまうのだ。私が心置きなく気を許して飲んだくれる場所はここだけかもしれない。美味い肴と楽しい話。越後のこれまた最上級の日本酒の冷やを湯飲み茶碗でがぶ飲みしてしまう。本当に素晴らしいひと時だった。といっても、最後は全く覚えていない。会費を払ったかも定かではない。幹事さんには大分迷惑をかけたかもしれない。

 そして、今朝からひどい二日酔い。わかちゃいるけど、よくわからない二日酔いにいたるプロセス。チョッと調べてみたので、ご披露、ご披露。
 
 まず、血液に運ばれて全身に回ったアルコールは、肝臓に集まってくる。ここでアルコールは、肝臓の持っている酵素を使って、アセトアルデヒド、酢酸、水、二酸化炭素といった順に分解されていき、最終的には尿や汗という形で体外に排出される。この、最後の段階に登場するアセトアルデヒドが、二日酔いの元凶であるようだ。
 アセトアルデヒドは、体内でなかなか分解されない。少量のアルコールなら、その分のアセトアルデヒドもすぐに分解されるが、多量のアルコールを飲むと、アセトアルデヒドが肝臓の処理能力を超えてしまい、中途半端に分解されたアセトアルデヒドなどの不純物が体内を駆け巡ることになる。
 アセトアルデヒドは、どんなに長くても12時間で炭酸ガスと水に分解されるのだが、その分解されない状態で滞留している間が、二日酔いの状態なのだそうだ。

 やはり、二日酔いをしないためには、自重してあまり大酒を飲まないのが一番のようである。それでも、大酒を飲みたくなるこの例会、メンバー全員の健康を祈念しつつ、できる限りいつまでも続けていきたい。 
   

続く金融戦国時代 2002/01/26(土)

 三菱グループの明治生命保険とみずほグループの安田生命保険が2004年4月をメドに合併することが発表された。比較的財務内容も良好な業界4位と6位の大手生保同士の合併だ。銀行は、東京三菱、みずほFG、三井住友、UFJ、、損保は、ミレア保険G、損保ジャパン、三井住友、日本興亜の4大グループに集約される。生保業界は、これまで生保同士の統合にはメリットがないといわれ、相互会社という組織的な課題もあり、合併・統合は行われてこなかった。

 生保業界では、この5年の間に7社が経営破たんした。契約者からの生保会社への不信感は高まり、解約続出や新規契約の伸び悩みなど、長引く不況と相俟って生保業界は深刻な事態に陥っていった。それに追い討ちをかけるように米同時多発テロ以降の株価の暴落で逆ざや現象に拍車がかかった。大手と言えども体力強化に取り組まざるを得なかったようだ。

 今回何よりも注目すべきは、またもや金融グループの垣根を越えた合併だ。損保ではすでに三菱東京グループの東京海上とみずほグループの日動火災が経営統合を決めている。銀行業界はかなり混乱しているようだ。昨日の友は今日の敵、昨日の敵は今日の友状態だ。バブル期を安土桃山時代にたとえれば、現在はまさに戦国時代といえるかもしれない。合従連衡による大胆なリストラの嵐に巻き込まれる侍サラリーマンたちの嘆きが聞こえてくる。長期にわたり庶民が安心して暮らせた江戸時代が早く来ることを期待したい。

   


組合記念日 2002/01/21(月)

 「雇用に不安」8割超す

 読売新聞社の実施した全国世論調査(面接調査)によると、自分や家族の仕事の現状や将来について不安を感じている人は、「大いに」「多少は」を合わせて83%に上り、とくに30歳代は、前回比17ポイント増の90%が「不安」と答えるなど 過去最高を記録した。 完全失業率(昨年11月5・5%)が3か月連続して悪化している中で、「雇用不安」もいよいよ切実感を増しているようだ。
 企業倒産も昨年は大手スーパーのマイカルや中堅ゼネコンの青木建設など上場企業だけでも14件に上り、バブル崩壊後では最悪となった。身近なところでも、これまで生保社の倒産は続いていたが、ついに国内損保社も2社倒産した。労働組合の活動を通して知り合った仲間たちも数多く巻き込まれた。彼等の生活と将来は今後一体どうなってしまうのだろうか。
 
 今年に入ってからは都内第2位の信用組合や住宅建設大手の殖産住宅も倒産した。殖産住宅は、私が学生時代、学費を稼ぐためアルバイトで3年間お世話になったところだ。心が痛む。この先、3月の決算期を迎えて、さらに倒産件数が急増することが懸念される。小泉政権は、涼しい顔をして円安同様この倒産ラッシュも容認するのか。国民はこの痛みをどこまで我慢すればいいのか。そして、我慢の先には本当に明るい展望は開けているのだろうか。
 
 2002年春闘は、景気低迷が長引き、産業界全体で業績が悪化する中、労使ともに賃金より雇用維持を重視する雇用死守春闘だそうだ。まともな労働組合が機能していたところは、組合員の雇用について、たたかい、勝ち取ってきたという労働関係の弁護士さんの記念講演を聞いた。わが労働組合が昭和35年、暴案闘争に完全勝利した組合記念日、こんな時代だからこそ今年の記念日総会を迎えるにあたり、あらためて、組合員の団結とまともな労働運動の大切さを実感した。

  


結婚式 2002/01/19(土)

 8年ぶりに結婚式に出席した。姪っ子の結婚なので久しぶりに兄弟とも会うことになった。親族控え室に入ると私に向かって手を振る人がいる。その横にも数人年取った人たちが並んでいた。兄や姉たちだった。ずいぶんと老けたものだ。自分も同じように年をとっているのだが、自分だけは若いと思っている。これからまた、その子供等の結婚ラッシュが続きそうだ。
 
 結婚式は教会形式だった。私は、自分の子供等には絶対神式で挙げてもらいたいと思う。娘と腕を組んでバージンロードを歩き結婚相手に引き渡すのは勘弁してもらいたいからだ。神妙に愛娘と歩いている兄の顔を見ていると、何故か自分と重なり合い、一入こみ上げるものがあった。

 仲人は立てていないらしい。最近はそれが普通になっていると新聞にも載っていた。常識は変わりつつあるんだな〜。職場結婚なので主賓挨拶は双方とも同じ会社のお偉いさんだった。友人や先輩も同じ会社の人ばかりやたら多い。披露宴は若者中心の企画で進められていった。

 挨拶やアトラクションに飽きて、窓の外に目をやった。目白の椿山荘の11階にあるこの会場は、足元から天井まで総ガラス張りで、すこぶる眺めがいい。新宿の高層ビル群と富士山の間の冬空をしだいに赤く染めながら、今日の佳き日のおわりを惜しむかのようにボーとした夕日が静かに沈んでいく。これまで見たことのない美しい光景だ。

 同じ頃、披露宴はクライマックスを迎えていた。これは私のときは最もやりたくないものの一つだ。娘から両親に向けた感謝の挨拶と花束贈呈だ。感情が高ぶり言葉が詰まって先を読めなくなった娘に、涙で顔がぐちゃぐちゃになった父親が「がんばれ!」と声をかける。あ〜、やだヤダ・・・。

 帰りに姉夫婦と目白駅前の居酒屋で飲みなおした。かなり酩酊した。久々に、なんとなくいい一日だった。

 

自転車の修理 2002/01/13(日)

 同居している女房殿の母親の自転車が壊れたという。子供等が「自転車屋に修理に出すより、ディスカウントストアで新しいの買ったほうが安いよ」とばあちゃんに言っていた。82歳になる義母には日頃、危ないからあまり乗らないほうがいいと言っているのでたまにしか乗っていないようだ。新しい自転車をいまから買うことはない。でも、ご当人はなければ困るらしい。

 だいたいバブル期の飽食の時代に育った子供等は、チョッと調子が悪いと何でもすぐに新品に買い換えるのが当たり前だと思っている。「物を大切にしなさい」なんていうお説教は、悲しいかな今では死語に近い。

 バブルが崩壊して景気が悪くなっても、物価の下落で物が安く買えることもあり、その風潮はほとんど変わっていないように思える。次から次へと新しいものを買い求めれば、同量のゴミが出ることは必然の事実だ。電気製品の廃棄が有料になったことはまだ記憶に新しいが、大型ゴミや法人のゴミは大分前から有料になっている。近いうちに石原都政は、家庭ゴミにまで税金をかけてくるかもしれない。有料化したからといってその傾向は何一つ変わるもではない。単なるゴミ処理のための経費にすぎないからだ。使い捨てから、ものを長く大事に使うという思考回路の変革が、根本的なゴミ問題の解決に向かう近道のひとつではないかと思うのだが・・・。

 自転車の故障箇所はスタンドのロック部分と前輪タイヤ、ベルだった。これくらいなら私でも直せそうだ。ディスカウントショップで部品を買い集めた。タイヤとチューブを交換し(チョッとてこずった)、スタンドも金属部分が千切れていたので交換、ベルは分解して直した。修理し終わった自転車に試乗した。完璧だ。頬には、1月の冷たい北風が肌を切らんと吹きつけるが、心は、ささやかな満足感とぬくもりにあふれた。


あ〜っ、旅に出た〜い ! 2002/01/12(土)

 3日間の連休なのに、旅に出られない。相棒のテラノ君の調子がいまいちなのだ。オートマだけどアクセルを踏み込むとギアーがすっぽ抜けて回転だけがあがり、加速しない。都内を走る分には、だましだまし運転すればそれほど支障は出ないのだが、高速道路や山岳部の雪道、氷結路では心配だ。
 
 こんな状況では当分旅に出られそうにない。そういえば、このホームページのWhat’s New(新着)は、昨年8月に出かけた鳥海山の旅紀行以降、更新していない。なんとも失礼な新着情報だ。要するに、それ以来旅に出ていないということか。

 それならすぐにでも買い換えればいいじゃないかということだが、新車購入については、お金の算段がなかなかつかないのと買いたい車が決めきれないなど、様々な要素が絡み合っている。どうやら旅に出られるのは、秋頃になりそうだ。


後悔しない I T 機器の買い時 2002/01/11(金)

 10年程前までは、パソコン関連の商品は本体をはじめデバイスストレージやソフトなどもかなり高額だった。最近では高校生の貯金でも買えるほどリーズナブルな価格展開になってきた。貧乏人の私にとってはメチャ喜びに耐えない傾向が続いている。とはいえ、買い時にはいつも悩まされる。それは、短期間に次々と新商品が出るし、値崩れも早いからだ。
 
 進歩著しい新製品はすぐにでも欲しいけれど、値段が高い⇒少し待てばかなり安くなる⇒次期製品が発表になる頃にはさらに安くなるだろうからその時に買おう⇒ところが、新製品が出るとさらにレベルアップされているのでいまさら古くなった商品を買うのもいかがなものか⇒これも少し待てば安くなるであろうからそれからにしよう。 その連続で何時までたっても買えないという人が私を含めて大多数だと思う。

 技術は日進月歩なのだから、こんなことをいつまでしていても詮無い話だ。ある程度のところでエイ、ヤッと買ってしまう⇒翌日、ネットの価格COMを見るともっと安くなっていて、後悔する。
 
 直近の私事で言えば、先日近所のパソコン屋で買ったブロードバンドルータだが、店員が「これならFTTH(NTT・Bフレッツ)になっても十分使えますし、値下げしましたのでお買い得ですよ」と言われ、喜んで買って帰った。光ファイバー通信といえば最高100Mbpsの通信速度が出るそうだ。スループットでそれを満たすルータは現在2~30万円もする。私のは9.8Mbpsだが、光ファイバー通信でも確かに使えるだろうし、Yahoo!BBのADSLは最高で8Mbpsだから十分すぎる。納得、納得。

 3日後にその店にまた立ち寄った。スループット65Mbpsの新製品が、私の買った値段よりさらに安い値段で店頭の同じ場所に並んでいるではないか。ム〜ッ、頭にきた。

 ということで考えてみると、絶対に後悔しないIT機器の買い時とは、『死ぬことが確実となった日の前日に買うのがBestだ!』という結論に達する。 なぜなら、翌日に新製品が出たとしても、また価格が大きく下落していたとしても、その時には、この世に自分はもういないので、絶対に後悔することは無いからである。


健康管理 2002/01/10(木)

 女房殿が朝のゴミだしから帰ってきた。近所の旦那が脳梗塞で入院したらしい。私より一つ年上だが、体型が似ている。おまけに、人間ドックの検査結果も同類項だ。数年前、近隣支社の先輩も2人脳梗塞で倒れ入院した。幸い処置が早かったので、現在は通常業務に戻っている。私もこのところ、頭がボーっとしたり、強烈に痛くなったりすることがしばしばある。そろそろそういう年になっていたのか。気をつけなくてはいけないな。

 12月に人間ドックを受けたクリニックから封書が届いていた。見る気がしなかったがチョッと心配になって開封した。案の定、再検査の知らせだった。今回はこれまでは無かった糖尿病の再検査だ。人間ドックの尿検査の結果では、糖は出ていなかったはずだが、確か血糖値は相当高かった。最近、食べることは怠っていないが、全く運動らしいことはしていないし、それどころか歩くことさえあまりしていない。それがいけないんだな。

 そんなこともあって、研修のあったビルから自宅まで約2時間ほどだが、歩いて帰ってきた。1時間ほど歩いた頃、脚の付け根が痛くなり、ふくらはぎもつりそうになった。だんだん身体が老化し始めている。健康管理には真剣に取り組まないと、マジヤバイかなと思った。


ウィルス 2002/01/09(水)

 今朝から鼻がムズムズしている。くしゃみも出る。近頃めっきり肌寒くなってきた。1月の末から2月中旬ぐらいまでが一年のうちで一番寒さが厳しいというから、毎日のようにTVのニュースキャスターが「今朝は、この冬一番の寒さでした」と繰り返しのように言うのもうなずける。一歩一歩厳冬に向かっているんだなという実感が湧いてくる。

 今日は、いつもより少し早く会社に着いた。私のあとから、顔が隠れるほどの大きなマスクをした課長が出社してきた。 「風邪ですか?」 『うん、風邪はウィルス感染するから人にうつしちゃいけないと思ってね』。 そんな会話をしている途中に私あてに電話が入ってきた。組合室の書記さんからだった。『大変なことになりました。パソコンがウィルスにやられたようです。どうしたらいいですか?』 それから数時間というもの、電話をとおしたウィルス撃退についてのやりとりに追われた。おかげで、昼飯は食いそこねるわ、仕事もろくに進まなかった。まぁ、こんな私でも頼りにして電話をくれたのだから、嬉しい気持ちは多少あるが・・・・。

 ところで、昨日指示どうり設定しても接続できなかったgoosideのFTPだが、提供サイトの掲示板に書き込んだら、さっそく修正内容が書かれた回答が返信された。その速さには好感が持てるかも。指示どうりに変更すると、簡単に接続できた。しかし、最初からそのsite address設定を指定したメールを送ってほしかった。


有料化 2002/01/08(火)

 朝一(8日の午前0時半)でこのホームページの編集画面を開いた。昨日開いたときと全く違っている。どうしたことだ。WEB提供者から変更のあった事を知らせるメールも来ていない。そういえば昨日昼にホームページを見たときに広告バーがページの最上段に表示されていた。デザイン的に見栄えが悪い。
 このサーバは無料でHPのサイトを提供しているだが、他の無料サイトと違うのは広告バーがページの最下段の細いバーのみで目立たないところが、えらかった。広告バーを入れることで無料で使用できるようにしているのだから、目立つ最上段に持ってくるのは当然のことなのだが、「gooside.com、お前もか・・」ということだ。

 しばらくすると、重要なお知らせメールがきた。内容の主旨は、有料化のおすすめだ。お金を払えば見栄えの悪い広告は一切入らないし、これまでの制限のあった部分が解消できるという。また、無料は続けるが、今後は有料サイトを中心に改善していくそうだ。有料化をすすめるために、広告バーを目立つところに持ってきたのか。やり方が汚いな・・・

 仕方なく有料の手続きをした。確かに広告は消えた。しかし、これまで一度もトラブルは無かったのに有料になってからソフトウェア・エラーだの、認証エラーだのとトラブル続きで、アップロードが不能な時もあった。なんてこった・・・。

 このサイトを利用する前にも他の無料HPを使っていたが、経営悪化で昨年末で終了してしまった。いくつかのプロバイダーも倒産したようだ。厳しい日本経済を再構築するための強い牽引力になるであろうと言われていたIT業界も、その期待に反して不況の嵐に飲み込まれてしまった現在、多少の受益者負担はやむをえないかと思う。


不定期 2002/01/07(月)

 私にとっては今日が、今年の仕事始めだ。出社すると誰もが「明けまして、おめでとうございます。本年もよろしくお願いします。」と、日常とは違いかしこまった挨拶をする。私も何も考えずにそうした。古来より続いている正月恒例のお約束行事なのだから当たり前と言えばそれまでなのかもしれないが、今年は何故か違和感を感じた。別に大意は無い。

 ところで、おめでとうの「め」に漢字を当てるときには「目」と「芽」があるそうだが、私としては、昨年仕事上であまり良いことがなかったので、今年は「お芽出度う」を採りたい。

  仕事が始まってしまいました。私の心持ち次第ですが、今後のこのページの更新は、時間との見合いもあり不定期になることが予測されます。気まぐれな私をお許しいただくとともに、気が向きましたら、たまに覗いてみてください。


ワークシェアリング 2002/01/05(土)
 
 昨年暮れから繋がらなくなってしまったYahoo!BB。正月の長期休暇にゆっくりと時間を気にせずにインターネットを楽しみたいと思っていたのに。最初はサーバーか電話局の障害かと思っていた。半日も待てば直るだろう・・・⇒繋がらない。あちらのスタッフも正月休みだろうから4日まで待つか・・・⇒繋がらない。その間はダイアルアップの通話料金を気にしながらダウンロード、アップロードを続けた。YAHOOの障害情報も出ていない。どうやら、原因はこちら側にあるようだ。

 今日は朝から原因究明に為のチェックを始めた。家内LANの状況は、1階はノート1台(10m)、2階でデスクトップパソコン1台(20m)を有線で繋いでいる。実は、ADSLは光通信までのつなぎだと思っていたので、ブロードバンドルータを買うのをケチってその都度モデムにそれぞれのケーブルをつなぎ変えていた。どうやらそのことが原因でモデムがIPアドレス設定で混乱してブレークしたか、LANケーブルのプラグがいかれたかだ。申込時に付属してきたケーブルでつないでみる⇒繋がった。"Oh,MyGod!!"  繋がったのは嬉しいが、ケーブルが原因となると大事だ。家の中をケーブルがのたうちまわるのが嫌だったから壁や床に穴をあけたり、床下にもぐって配線工事をしたので、もう一度ケーブルを替えるためにその作業を繰り返さなければならないという悪夢が一瞬、頭の片隅をよぎった。

 しかし、仕方がないので近くのパソコン屋にLANケーブルを買いに行くことにした。再発防止と利便性を高めるために一番安いブロードバンドルータも買った。パソコン4台まで1つのIPアドレスで同時にインターネットに繋げるからだ。YAHOO!BBなので設定はほとんど必要なかった。試しに今までのケーブルのままでつないでみた⇒ノートもデスクトップも何も無かったかのように繋がった。まったく、何が原因だったのか。ほんとうにコンピュータの世界は解らないことだらけだ。でも、とりあえず直ったのだから良しとしよう。
 
 データ受信速度を計測してみる⇒遅い。最大8Mbpsが売りのYahoo!BBだが、実際はそんなには出ない。それでも電話局から直線距離で500mの自宅でこれまでは4.3Mbps(MTU調整済み)は出ていた。ところが、ルータを入れたことにより最大で3.2Mbps,ひどい時には2.5Mbpsに低下してしまった。遅いときでもダイアルアップ(0.056Mbps)より50倍も速いからいっか。
 
 1台ごとのスピードは多少落ちたが、2台のパソコンが一つのIPアドレスで同時にインターネットに繋げられる快適さは、これまで経験したことの無いものだ。
 ふと、大失業時代を迎えた今日のワークシェアリングに通ずるものがあるかもしれないと思った・・・。


愛車の洗車 2002/01/04(金)

 今日は会社の初出勤日だ。営業時間前の8時30分に出社し、ありがたい社長の年頭のあいさつをビデオで見るそうだ。私は有給休暇をとっているので関係ないが・・・。

 正月の4日ともなると、やることもなくなってきたので半年ぶりに愛車「テラノ君」の洗車でもしよう。このHPのTOPページや「テラノの旅」「テラノの旅U」で大活躍しているブルー・テラノだ。
 
 彼との出会いは平成5年の秋も終わりを告げる頃だった。山の中を走ることが大好きだった私は、それまではFRの普通乗用車に乗って出かけていたのだが、未舗装の林道を走ることが多く何度も腹がつかえて亀の子状態や、ぬかるみで動けなくなったりした。雪道でスリップして崖から落ちそうになったこともある。そんな私を横目に見ながらスィスィと駆け抜ける四輪駆動車が憎たらしかった、というより羨ましかった。遊び仲間たちは当時、みんな四駆乗りだった。わたしは、仕事の関係で乗用車以外はダメだとあきらめていた。

 しかし、その平成5年の晩秋、ついにその固定観念から小さな一歩を踏み出すことになった。今思えば、その頃から『時速20キロの旅』は始まっていたのかもしれない。嬉しくて週末には必ずと言っていいほど、どこかの山に出掛けていた。都内に雪が降ったときなども、小犬のように用もないのにあたりを走り回っていた。そんなあとの車は泥はねで汚れ、晴れた日に仕事で街中を走るにはずかしいほどだったのと新車であったこともあり、こまめに洗車をしたり、ワックスをかけてピカピカに磨いていた。

 そんな「テラノ君」は現在走行距離12万キロを超え、新車登録から数えて9年目の冬を迎えている。今では洗車は半年に1度ぐらいしかしてない。久々なので丁寧に手洗いした。ボディの表面は狭い林道の草木でこすれた細かい傷で一杯だ。サイドステップやリアーバンバーなどは、岩との接触でつぶれている。その傷のひとつ一つを眺めながら洗っていると、これまでともに走ってきた数え切れないほどの旅の想い出が突然、走馬灯のように鮮やかによみがえり、溢れ出した。本当にあちこち連れて行ってもらったな〜。『ありがとう・・・。』   洗いあがったテラノは、当時の輝きを再び取り戻し、堂々と胸を張っているように思えた。

 ところで、この「テラノ君」は、外傷だけではなく足腰や内臓も大分痛んできている。加えて、今年の4月に施行が予定されている国のNOX法改正で、初度登録から9年を超えたディーゼル車は乗用車を含めて車検が通らなくなるという記事をカー雑誌で見かけた。・・・そろそろ、休ませてやりたい。


一年ぶりの横浜 2002/01/03(木)

 我が家の最大の正月行事、横浜で一人暮らしの母親に家族全員で年賀の挨拶に行った。母は89歳かと思っていたらもう90歳を超えていた。父親は64歳で他界している。恐るべし女の心臓。
 こんな年寄りを一人暮らしにさせておいて私は一年に一度この正月の数時間しか会っていない。実は一人暮らしは母が言い出したのだった。以前に兄夫婦たちと同居していたのだが気丈な母は「一人暮らしのほうが気楽で血圧のためにもいいよ」なんていうことで、それからすでに20年以上が経過している。昨年は結構元気だったが、今年は大分弱ってきたように思えた。横浜在住の人に嫁いだ姉に心苦しいと思いながらもすべてをお願いしてしまっている。今後のことについて、そろそろ家族で真剣に相談をしなくてはいけないと思っている。

 ここ数年来、母宅を後にしてからは元町や本牧でショッピングを楽しむことが恒例の行事となっている。今年は、横浜駅西口・東口となったが、駅周辺は大渋滞で駐車場も混んでいそうなので、家族は途中で降ろして歩いて行かせ、私は道路脇に車を停めて車中で待つことにした。待っている時間を利用して今、この原稿を書いている。
 ところで、一年ぶりの横浜の印象だが、市の中心部やみなとみらいは華やかに変貌し続けている。しかし、住宅地域は昔とあまり変わっていないのでなぜか心が休まる。

 小一時間ほど経った頃、携帯のベルが鳴った。買い物が終わりお迎えの要請の電話かと思った。ところが、電話の向こうからは懐かしい声で「私は誰でしょう?」と話し掛けてきた。横浜に住んでいたこともあるしばらくご無沙汰していた十数年来の友人からだった。長話しをしながら、このところパソコンとばかり遊んでいたので人間的な交流をないがしろにしてきたな〜と、つくづく感じた。じわぁーとあったかい、いいひと時だった。今は皆それぞれの生活があり、馬鹿騒ぎをしていたあの頃にはもう戻れないとわかっていても、今年はまた、昔のように仲間たちと飲んだり、遊んだりと旧友を暖めることができればいいな〜と思った。


デジタル化の波 2002/01/02(水)

 元日の昼前に年賀状が届いた。去年より少し量が減ったかな?表裏面とも手書きや手作りのものは数えるほどしかない。ほとんどパソコンを駆使して印刷された年賀状だった。印刷されたまま送られたものは、せっかく出していただいたのだがチョッと味気ない。ひとことでも手書きで追記された葉書には、その人の人となりが想い浮かぶし、なによりもそれだけで暖かみを感じる。

 チョッと前までは、ワープロやパソコンなんてと小ばかにしていた人も、今ではそれらを当たり前のように仕事や遊びで使っている。その際たる奴が、何を隠そうこの私自身なのだから笑ってしまう。どうやら私の性格にパソコンはぴったりだったようで、今ではひと時も離しがたい友人になってしまった。昨年暮にノートパソコンが故障して修理に出していた3週間ほどは、気の抜けた風船のような生活を送ったほどだ。元日の行動を振り返ってもその異常さがうかがえる。わが家の女房殿や子供等は、初詣や買い物に出掛けたが私は行動をともにすることなく一人、準備中となっているホームページのフォトアルバム公開に向けて家にこもってパソコンと格闘していた。私の身勝手から家族の絆が弱まっていくのを感じた。

 一般的にもこうした社会現象は、若者を中心に顕在化していると思われる。人と人との直接的な関わりを拒み(逃れているのかも知れない)、友と交流するより携帯メールやパソコンと対話しているほうが楽しいらしい。最もアナログ人間だった私自身がのめり込んでしまったので、大きな声ではいえないが、今後の日本社会がこうした殺伐とした人間関係の下で営まれていくのかと思うと、将来に一抹の不安を抱かざるを得ないと思うのは私だけだろうか。しかし、当分誰もこのデジタル化の波を止めることは出来ない。


あけまして、おめでとうございます。 2002/01/01(火)

 元旦の新聞一面TOPは、「安保基本法制定へ」 首相権限強化 私権を制限

 年の初めに、なにか物騒なことが起こりそうな時代の到来を予感をさせる記事だ。確かに米同時テロや不審船問題を抱え、国家・国民の安全を確保するという意味ではこれまで曖昧だった法解釈を見直し、改正すべきは改正するという点についてはある程度容認できるし、世界の先進国の一員としても必要なのかもしれない。

 新聞の社説では、今回のテロ事件を契機に世界の軍事三大国アメリカ、中国、ロシアの急接近により、新たな世界秩序形成の第一歩が踏み出されたと論調されている。いわばこの流れに追随しない国は取り残されてしまいかねないということだ。しかし、その流れに乗り遅れまいとするがあまり、国民犠牲の上に立った首相権限強化による行き過ぎた政策の強行は絶対に許してはならない。

 日本経済は、物価下落と景気後退が悪循環を繰り返すデフレスパイラルの様相を強めている。企業倒産は過去最高の水準を続け、失業率も毎月のように過去最高を更新中だ。現に、私の親戚もそのあおりを受け失業を余儀なくされるなど、事態は深刻さを増し、さらに身近な問題ともなっている。

 これだけのデフレのもとで、さらにデフレを促進するかのような対応をし続ける小泉政権は、テロ後、様々な経済指標が加速度的に悪化していることを踏まえ、当面する危機を回避するためにも「30兆円枠」に固執することなく、財政、金融をはじめ、あらゆる政策手段を総動員して緊急対処すべきである。

 「国栄えて、民滅びる」ことにならないよう、既成概念を超えた最善の策を講じ、国民生活の安定に資することをのぞむ。

 

今年も今日限り・・・。 2001/12/31(月)

 とはいうものの、12月30日の翌日が31日でその翌日が1月1日なだけなんだよね。我が家は昔から大晦日だの元旦だのという意識は極めて薄い。それらしい行事といえば、横浜で一人暮らしの89歳になる私の母親に、家族全員で年賀の挨拶に行くことぐらいか。

 私は、毎日会社を休めることが嬉しい。1月の4日(金)の出社日も有給休暇をとったので9連休だ。どこかに旅に出たいくらいだ。こんなに休みが取れて時間があるのだから、このホームページのながらく準備中となっているアルバムを一気に完成させたいと思っている。 が、人間とは元来、怠惰で変な動物だなと思う(私だけかも知れないが・・・)。時間が無いときは少しずつ作業を進めているのに、これだけ時間があると思うとこの2日間何も手をつけてない。

 また悪いことに29日からYahooBBのブロードバンドがつながらなくなってしまった。少し前にも最寄の電話局だけの障害情報がメールできていた。今回も局側の障害なのか、それともリースのモデムが壊れたのかどちらだかわからない。しばらくは、ダイアルアップでしのぐことにしよう。


この年の瀬に・・・。 2001/12/30(日)

 都内のとある金融機関が経営破たんしたというニュースが新聞に出ていたことを月末の職場の飲み会で聞いた。近所に住んでいる親戚の旦那が勤務していた会社だ。数ヶ月間は残務整理などで出社するのだろうが、これからどうするかについて電話をするのもつらい。上の子が中学生、下の子はまだ小学生だったと思う。14、5年前にマンションを買ったので、ローンの残債額も大分大きいはずだ。年令も50を超えているので再就職も難しいかもしれない。

 最近の給料減少に文句タラタラだったわが女房殿も、それを聞いてからはなぜか静かになった。いったいこの国はどうなってしまうのか・・・。


近況報告を追加しました。 2001/12/29(土)

 新たなページをここに新設しました。ハタベアの近況報告や最近思うことなどを、不定期で書き込みたいと思っています。たわいのない独り言ですが、どうぞ、よろしく。





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